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  • 2011.03.20 Sunday
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自衛隊の(災害時)自主派遣はシビリアン・コントロールの原則に反する?

JUGEMテーマ:防災

  自衛隊法第83条2項では、緊急を要する場合は知事の要請がなくとも自主的に派遣することができる、と記載されています。この条文は1954年の自衛隊法成立時から存在しており、特に問題視されたことはありません。むしろ、伊勢湾台風(1959年)の時などは、自主派遣した方が良かったのでは、と言った自衛隊に対してもっと積極的に災害派遣すべきという議論がされています(1959/10/5衆議院内閣委員会 社会党・受田新吉(後、民社党)の発言)。
 自衛隊を違憲と考えるいわゆる左派であっても、災害派遣に関しては寛容であり、むしろ災害派遣型に特化していくべきという思考が強いのが一般的です。

 一方で、自衛隊の方では、主たる任務は他国からの防衛であって、災害派遣は必要に応じて行う公共の秩序の維持のひとつに過ぎないという考えがありました(自衛隊法第3条)。このため、災害派遣において、基本的に自衛隊は消極的な態度で要請を待つ傾向が強かったのです。

 こうした空気の中で、1995年、阪神大震災が起こり、自衛隊は一部の部隊が近傍派遣されたのを除いて、県知事からの派遣要請をただ漫然と待ったのです。県知事自身が被災し、連絡不通であったにも関わらず、自主派遣という選択は為されませんでした。

 自主派遣すべきだった、との意見はこの阪神大震災でも出ましたが、政府の無策を糾弾する論調でかき消されました。
 この震災直後の対応では、自衛隊のミスや無策(自主派遣の放棄を含め)も相当数見られていますが、総括して村山首相が、連絡システムの不備について謝罪し自衛隊のミスは社会党の首相に庇われた格好となりました。
 そして後に自衛隊のOB(中部方面隊司令官・松島氏)などが、自らを庇ってくれた村山首相に対し、初期対応の不備を非難し社会党に責任を押し付けると言う恩を仇で返す行動を取ります。
 
 当時の状況を考えれば、自衛隊は自主派遣の決定をすべきでしたし、自主派遣したとしてもそれが非難される可能性はほぼ皆無でした。
 にも関わらず、自主派遣を躊躇した自衛隊に対し、右派は次のように擁護しています。
 
 
「大災害時の統合的な指揮」(佐々淳行)
  災害行政は今、自衛隊を主軸とする抜本的な改善を迫られている。本質的には国土庁は経済官庁である。自衛隊、警察、消防、海上保安庁という系統を異にする実力部隊を指揮して、人命救助、消防、避難誘導などの災害措置ができるだろうか。阪神大震災の現場では、統括指揮にあたる総司令官不在の混乱が起きてしまった。
  自衛隊が自主出動すればよかったとの意見も聞かれるが、シビリアン・コントロールの大原則に反する誤った議論だ。問題は知事の要請が遅れたり、要請がなかった場合、いかにして合法的に出動させるかという方法論である。
  そのためには自衛隊法第3条に災害出動を明記し、83条2項に人命救助など初動措置に関し、期間を限って「総理の命令出動」を書き加える必要がある。ハードウェアとしても超高層ビル火災などに備えて、15トンの海水を空中散布する改造大型飛行艇の再整備、科学消火弾の保有、ヘリコプター搭載画像伝送装置、車載汚水浄化装置、統幕用陸海空共通電波の確保が望まれる。(朝日、95.2.9) 

 
 佐々氏は「要請がなかった場合、いかにして合法的に出動させるかという方法論」として自衛隊法の改正などを訴えていますが、そもそも自衛隊法第83条2項但し書きによって自主派遣は合法です。
 「83条2項に人命救助など初動措置に関し、期間を限って「総理の命令出動」を書き加える必要」というのも、そもそも政府が被災地の状況を正確に把握しているのなら、総理が防衛庁長官(現・防衛大臣)に出動を命ずれば済む話です。

 阪神大震災の初動では、現地の情報、例えば自衛隊の中部方面隊が入手した情報が政府や防衛庁に上げられていないという根本的なシステム・運用の欠陥により、政府が状況を把握できなかったことが問題であって「総理の命令出動」などは大した問題ではありませんでした。

 災害時の自衛隊自主派遣が「シビリアン・コントロールの大原則に反する」というのも為にする議論でしかありません。
 自衛隊法第83条2項には「ただし、天災地変その他の災害に際し、その事態に照らし特に緊急を要し、前項の要請を待ついとまがないと認められるときは、同項の要請を待たないで、部隊等を派遣することができる。」とあります。
 「天災地変その他の災害に際し、その事態に照らし特に緊急を要し、前項の要請を待ついとまがないと認められるとき」という緊急避難的な例外措置であることは明白で、しかも阪神大震災の当時はまさにそのような例外措置をすべき事態でした。
 「シビリアン・コントロールの大原則に反する」と言って何もかも反対するのでは、それこそ日本が軍事侵攻された場合の対応などはできません。佐々氏はそれでいいのでしょうか?
 
「天災地変その他の災害に際し、その事態に照らし特に緊急を要し、前項の要請を待ついとまがないと認められるとき」(自衛隊法第83条2項) 

 この条件が明確でないという意見もありますが、阪神大震災の10年以上前の1983年に防衛庁は自主派遣について次のように答弁しています。
 
 ・衆議院 災害対策特別委員会(1983/10/13) 江間説明員の答弁

 自衛隊の災害派遣につきましては、現在自衛隊法の八十三条に、天災地変その他の災害に際しまして都道府県知事等から災害派遣の要請がありました場合には、事態やむを得ないと認める場合には自衛隊の部隊等を派遣することができるという規定がございます。と同時に、同条におきまして、ただし、特に緊急を要し、要請を待ついとまがないと認めるときは、要請を待たずに部隊等を派遣することができるという規定がございます。これを私ども、自主派遣というふうに通称呼んでおります。実際に、具体的にどういう自主派遣の内容を考えておるのかという御質問かと思いますけれども、私どもは、たとえば被害状況の偵察でございますとかあるいは行方不明者、被害者の救出、あるいは航空救難といったような特に緊急を要するものについては、自主派遣というもので対応をいたしたいということを考えておりまして、従来もそういう方向で進んできております。
 
 「たとえば被害状況の偵察でございますとかあるいは行方不明者、被害者の救出、あるいは航空救難といったような特に緊急を要するものについては、自主派遣というもので対応をいたしたい」これが1983年当時の防衛庁の公式見解でした。
 しかし、陸上自衛隊松島中部方面隊総監は、自主派遣を決断できず、偵察ヘリの飛行でさえ訓練名目でしか行いませんでした。
 
 ちなみに、実際に自主派遣が行われたこともあります。
 1985年8月12日に起きた日航機の御巣鷹山墜落事故の際、18時57分にレーダーから機影が消えたことから航空自衛隊が19時01分にF4Eを発進させたほか、第12師団隷下の部隊などに非常呼集をかけています。その後、運輸省から20時33分航空自衛隊に、21時30分に陸上自衛隊に派遣要請が来ています。
 ただし、この時の自主派遣は航空自衛隊のみで、要請前の非常呼集や派遣要請後の陸上自衛隊出発は阪神大震災と変わりませんから、阪神大震災時の松島総監の躊躇もやはりこの延長上にあると言えます。

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